アルプ川(Alb)

人と水辺
< もくじ >
黒い森からライン川へ
今までの岸辺
自然回復の例
人と水辺
カールスルーエ河川局
黒い森からライン川へ

アルプ川は黒い森(Schwarzwald)の北の端に始まり、カールスルーエの街の中を通って最後はライン川へ注ぎ込みます。全長は約40km、街の中(下流域)は幅が約10〜20m、深さ約1m、流速約0.5〜1m(雨が降ると5〜8m/s)です。

ライン川のような大きい川は水上交通路としても重要で州と国が管理していています。アルプ川のような小さな川の役割は大河川とは違い、もっと人に身近なものです。昔は水車が作られ製粉が行われていましたが、今は観光用を除いて水車はありません。そのために作られた水路を使い、現在は小型の水力発電も行われています。最近できたというある小型発電所の出力は約40kW(小型自動車程度)です。

70年代までアルプ川の水は製紙工場の排水で汚れていたそうですが、今はとてもきれいです。黒い森は今でも木材・製紙産業が盛んですが、以前に比べれば製紙工場の数が減りました。何よりも現在の工場はちゃんと廃水処理をしていますから問題はありません。また、70年代まで直接川に流されていた生活廃水もほぼ100%汚水処理場で浄化されるようになりました。

このように今のアルプ川は経済的には大きな意味はありませんが、市民の憩いの場としてはますます重要になってきています。街を流れる川の自然回復がどのように行われているのか、また市民がどのように水に親しんでいるのかアルプ川を例に見てみましょう。

(C)Karlsruhe Tiefbauamt
1.ライン川
地図上では下から上(南から北)へ流れます。
街を流れるアルプ川(緑色の部分)
青色と緑色の部分がカールスルーエ市河川局が管理する川と湖です(ライン川を除く)。アルプ川は町の中を大きく蛇行しながらライン川へ流れていきます。この地図には載っていませんが上流(地図の下方、南方向)に川をたどっていくと黒い森の北の端にたどり着きます。
今までの岸辺

アルプ川下流域の流れは穏やかで、普段は子供が水に入って遊べます。自然回復工事が行われる前も、特別な部分を除いて川をコンクリートで完全に覆うことはありませんでした。私の目には自然回復工事前の川と岸辺も十分自然に近いように見えます。しかし昔は都市整備の工事で川を直線にし、自然に配慮しない護岸(ごがん)工事をしてきたことも確かです。

木の杭と石
木の杭を川に打ち込んで石を積んだだけの簡単な護岸。こういうかたちの護岸は古いスタイルです。私が見た場所ではハンノキやヤナギが岸に植えられていました。木の根も岸を守るのに役立ちます。
コンクリートブロック
約50センチ四方のコンクリートブロックが敷き詰められています。ブロックには穴が空いていてそこから植物が生えていました。
橋の下
コンクリートのブロックが敷き詰められています。ブロックとブロックの隙間にはセメントが使われておらず草が生えています。
大きな橋の下
砂岩のブロックがセメントを使って積み上げられています。この橋の上は車と市電が走っています。

自然回復の例

自然回復工事後の様子は上とだいぶ違います。現在でも橋の下や工業地帯など特別な所ではコンクリートを使った護岸が必要です。それ以外の場所、そして川幅を広げる余裕のあるところでは自然回復工事が積極的に進められています。

下の写真の例ではそれまで直線だった川にカーブを作り、岸から水面への傾斜を緩やかにします。護岸にはなるべく岩やブロックを使わずに植物を植えてその根で岸辺を安定させています。こういった自然回復工事によって川に住む生物(魚、水鳥、草むらに住む小動物など)の生存環境が良くなりますが、こういう水辺は人にとってもより良い環境となるはずです。
自然回復の例@
岸辺にはハンノキの苗木が植えられています。岸辺をしっかり守れるようになるためには十年ほど待たなければなりません。白く見えるのは小石です。他にコンクリートブロックや大きな石は使われていません。
自然回復の例A
ここも比較的最近(約2年前)自然回復工事が行われたところです。近くの小さな中州では白鳥が卵を温めていました。ドイツに来た当時は水鳥が珍しかったのですが、どこでも見かけるので最近はありがたさも薄れ気味。白鳥がヒナを引き連れて泳ぐ姿はホノボノしていますが、見かけるたびにヒナの数が減っていることも。自然はやはり厳しい。
しっかりと根を張ったハンノキ
護岸に使えるのはハンノキ(Erle)とヤナギ(Weide)の2種類。『木の根で護岸』というとちょっと頼りなく聞こえますが、これを見ると納得できます。この木は樹齢20〜30年ほどでしょうか。『苗木が大きくなる前に洪水が来たらどうするの?』という疑問がわきますが、それは今度洪水が来た時確認しまてみます。
ハンノキの葉
学名はAlnus incanaまたはAlnus glutinosa(どちらなのかはわかりません)
高さは15mほどになります。
岸に植えられたヤナギ
樹齢数十年になると幹の直径も優に1mを超えます。木にも寿命があるし嵐で倒れることもあります。倒木は流されると川をせき止めるので人の手で除去しなければなりません。しかし根の部分は岸辺に残り、小魚などの良いすみかになります。
ヤナギの葉
学名はSalix alba
高さは25mほどになります。
遊水地の草原
ライン川のような大きな河川は200年に一度の大きな洪水を想定して整備されています。アルプ川は100年に1度。そういった巨大な洪水とは別に2、3年に1度くらいアルプ川は大雨であふれますが、そのために何個所かの遊水地が作られています。普段は草花が生える草原だったり、牧草地、あるいは畑として使われているところも。
ハンノキの並木
川沿いを歩くと樹齢数十年のハンノキやヤナギのみごとな並木を目にすることができます。昔から木の根による護岸は行われていたわけです。現代の自然回復工事はそういう古くからの技術と知恵をうまく生かしているのですね。

人と水辺

この地方の降水量(年間750mm程度)は日本より少なく、アルプ川は流れがゆるやかです。日本の川に比べれば表情は穏やかですが2、3年に1度は川があふれるし、住宅が水に浸かることもあります。日本の洪水とは様子が違い、急流が川岸を洗い流すような激しいものはまれです。じわじわと水位が上がってついに水が川からあふれるという感じ。そういう被害が出るにもかかわらず人が水のすぐそばに住み続けているのはとても興味深いことです。

今回のレポートのために何度もアルプ川へ足を運びましたが、そこで感じたのは“人と水辺の近さ”でした。川沿いに建つ家の庭にはかならずと言っていいほど水辺へ降りる階段があります。今は水道がありますが昔は炊事や家事のために川の水を利用していたのでしょう。公園にも水辺へ降りて行ける階段がたくさんあるし、川と人を隔てる柵もありませんから自由に川へ降りて遊んだり犬を泳がせたりできます。このページ上の地図に載っているのはアルプ川全体の3分の1程度ですが、この範囲では川岸に自転車道が整備されていています。土日ともなればたくさんの人がサイクリング、ジョギング、散歩を楽しみます。そんな風に人と川の距離がとても近いんです。ものさしで計れる距離だけでなく、心理的な距離がとても近いように感じました。
ドイツの釣り人
毛針でマスを釣っている人にポーズを取ってもらいました。ドイツの川で魚を釣るには有料の免許が必要です。また地元の釣り組合に加入することも義務づけられています。無免許で釣りをして見つかると罰金。日本に比べると釣り人口はずっと少数です。
今日の釣果(ちょうか)はゼロ
この日の釣果は残念ながらゼロ。釣れる魚は20センチくらい。「烏(う)が来ると全部魚を食べてしまって釣れなくなるなるんだ。」と言ってました。初めのうちはなんの鳥かわからなかったのですが、「日本で首にヒモをつけて漁をする鳥」と言われてわかりました。
自然観察のための表示板
この地図には川沿いの自転車道と自然観察ポイントが書いてあります。親水公園、木の杭を使った古い護岸、砂岩・岩・ハンノキを使った護岸、etc. 。川沿いには自転車道が整備されていて気持ち良くサイクリングできます。
川辺の公園
一見、無造作に岩が積まれていますが、人が水辺に降りていけるようになっています。水辺が近くなると今度は水の事故が気になるところ。河川局の方にそのことを聞いたら、記憶にある限りでは水遊び中の重大事故はないそうです。水に親しむことを考えるとちょうどいい大きさの川ですね。
川で泳ぐ子供(写真は下流から上流を見ている)
暖かくなるとさっそく子供たちが泳ぎにやってきます。この部分で川が合流していますが、右は小型発電所、左は魚の遡上(そじょう)用水路へつながります。魚は流れの速い方の川を上っていきますから、右の水流が緩やかになるようシャベルカーで調節。(この日は日曜)
水辺を散歩
右手に犬、左手に三輪車のお母さん。犬は綱を外して散歩する飼い主が多いようです。川沿いの大きな公園にはよく「犬の放し飼いOK」の看板が立っています。
澄んだ川の水
70年代は悪臭がするほど汚かったそうですが、今はご覧の通り。橋の上から眺めると水草や小魚がよく見えます。現在アルプ川に住む水中生物(肉眼で見える)は約140種類です。実は戦前よりも数が多い! 水質改善が功を奏しているわけです。
魚の遡上用水路
傾斜がきつく流れが速い場所は魚にとって大問題。写真の左側の水路を魚が上りますが、そこには大きな自然石が階段状に並べられています。幅が狭くなっているので、水量が少なくなっても魚が遡上できます。
川辺の家
ドイツでも一戸建ての家は庶民の夢。家を持つと今度は庭造りに励むことになります。この家は庭から川へ通じる斜面もちゃんと手入れしているからご立派!
階段でつながる庭と川
昔は毎日のように川へ降りていたのでしょう。庭と川をつなぐ石造りの古い階段があります。こういった一般家庭の階段は、今はほとんど使われていないようです。
石を積んだだけの岸
この岸辺は石を積んだだけです。水辺と人の生活がとても近いですね。
ブロックを積んだ岸
岸のブロックは家の建築にも使われる砂岩。この砂岩はこの地方でたくさん取れます。
消防署のウサギ
川岸にある消防署の巨大なウサギ。復活祭にちなんでいるのかも。消防署員のシャレですね。
カールスルーエ市河川局
河川局
市河川局の建物の一つ。ドイツの役所は一つの建物に集まらず、分散していることが多いです。自然回復を進める部局だけあって建物のセンスがいいですね。河川局は河川と湖沼だけでなく、下水道も管理しています。正式名称はTiefbauamt(地下工事局)。河川と湖沼の工事計画・管理には約40人の職員が携わっているそうです。
河川局の方に話を聞いていて面白いと思ったのは自然回復工事に携わる人達のビオトープに対する考え方でした。このトピックがビオトープの章にあることからもわかるように、私はこういった自然回復の例をビオトープの一つとして考えています。そのつもりで「自然回復工事が行われたところはビオトープとも言えるのか?」と質問したところ、答えは「どうなのかなー?」でした。さっそく冊子を開くと確かにビオトープの項目に掲載されていて「ああ、これもビオトープなんだね。」と言ってました。話を聞いた河川局の人は特にビオトープという言葉を意識していないようです。

日本語のビオトープという言葉は使うのに便利だし、ある意味、流行語でもあるので大雑把に使いがちです。ビオトープ?のはじめにも書きましたがビオトープとはもともと“生き物の住む場所”です。ドイツの例を見ていると”ビオトープの専門家”という言い方は的を得ない表現だと感じます。実際は生物、植物、建築、土木、河川、湖沼、地質などの専門家がそれぞれの分野で生き物と人のより良いかかわり方を探っているのです。“ビオトープ”という言葉はそういう活動全体を含む広い意味を持っています。

 
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ビオトープ見学は、市の公園局の方にお世話になりました。
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